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木は黙して語らず。語らずして、語るこえあり。そは神なるや。
今から三十五年程前になりますか、郷里の兵庫県に帰り、ただ、犬の散歩などして日を過ごしておりました。その道中で木の根っこや、石が好きで拾ってきてはかなり山積みにしておりました。ある日、心の内から強く!!「活け花の花器を作れ!!」と言う力強い声なき声が聞こえてきまして、「それは良いねぇ〜」と、一人で感心して、その日のうちに即、器作りを始めたのが「木魂花器」との出会いでした。その時は気がつかなかったのですが、今考えるとあの内なる強烈な思いは自分を越えた神秘的な「神様」の声だったような気がします。それまで、花などまったく興味のない私の心に「花器」など思いつく筈もないと言うことです。それ以来、あれは天命であり、至上命令だったのだと今日に至っても信じております。
その日から始めた花器作りでしたが、全く未知の世界で「木のことは木に習え」と、「さぁ〜〜どうしましょう。」と、木に問いかけながら作業をしていると、不思議にスムーズに作業がはかどり段々と素晴らしい姿を現してきました。それよりも、その木が生きた生命・歴史・働き・理念等、そして使命を終えて、今我が前に至ること、あまりに荘厳な生き様を語りかけてきたのです。何と言う健気な木の魂の尊きことか。何度も何度も、涙しながら作業を進めていた自分を懐かしく想いだします。とても、及ばずと言えども私もこの木の根のように生きてみたい!! 人間で言えば、足の裏にも似た役目を誰に知られるわけでもなくただ黙々と生き、上の幹に・枝葉に・唯「いのち」の糧を送り続け、けして誇ることもなく、奢れるということもなく己が心を律しその使命を果てんとする木の根っこ達。
私は決意した彼らの望むところではないにせよ、「今一度、彼らの木魂を磨きだし、人の心の奥深くに染み渡るような華を咲かせてやりたい!!」これが私の切なる願いです。自然の恩恵と人は言うが、どれ程のことを感じ、どれ程の感謝報恩の意を表していることだろう、私を含め・・・地球と言う母体の生命の危機を、ようやく感じ始めた昨今私個人の微々たる力に過ぎないかもしれないが、木の代弁者としてメッセージを伝えたい。
見えざる「いのち」に生かされている、吾ら人類の本来あるべき真心が回帰されるように、木の根とともに語り続ける。そして、人と自然が「大調和」した真の平和が顕現するために、最後の火の燃えつきるまで「花器」をつくり続けます。この使命は木の根と私の深く、切なる祈りの言葉 と、お汲み取り願いたい。
再拝 自然流 華生(かしょう) |